FYI ~ アラサー港区おじさんの独白

某会社で働いています。論理性が重視される職場ではありますが、ここでは感情や直感を大切に、お話をしています。

To live a better life

最近、「僕はどうやってこの会社で生きていくべきか」という、深遠な問いかけをいただくことが増えて。
そんなことを聞かれるなんて、僕も随分とおじさんになってしまったな、という感慨深さとともに、
一度も働いたことがない人相手に、そんなことがわかるわけないだろ!という投げやりな気持ちにもなって、
なので、まずはその人の話を色々聞いてみることから始めてみるのだけど、僕が喋り倒す前に。
 
この壮大な問に対するアプローチは沢山あると思うけれど、
僕は大体、①プロフェッショナルとしての付加価値をどうやって創造するか②XXさんならではの付加価値をどうやって創造するか、
の2つの観点に帰着させて、答えが出ないか議論するようにしている。
 
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解きやすいのは①の論点の方で。
例えば評価項目、その会社で身につけるべきスキル、そういったいくつかの大項目とそれに紐付く小項目さえあれば、
ここができていない、ここはもう少し伸ばす必要がある、ここは十分、といった具合に、
プロフェッショナルとしての付加価値創出との差分が可視化される
 
さらに、そうした能力は基本的にその会社で働く(ないし、そのコホートで働く)全ての人が身につけるべきものであるので、
不足がある場合に、それをどのように身につけることができるのか、実効性のあるアドバイスが得やすい。
もちろんそれを身につけるための下地となる基礎学力や基礎コミュニケーション能力などは必要かもしれないが、
プロフェッショナルファームで働く人材にとって、身につけることができない類いのものではないと思う。
 
正直、もし大論点が「僕はどうやってこの会社で生き残ることができるか」であれば、①の論点さえ解ければそれでこと足りるのだけど、
今回の大論点は「どうやって生きていくべきか」なので、これにしっかり答えるためには②の論点が必要なのかな、と思っている。
そしてこの②の論点は、①と違ってシステマティックに解くことができないため、解き手によって答えは大幅にズレる可能性がある。
さらに、①がある基準を以て説明可能な絶対的な論点であるのに対し、②は状況に応じて変化する相対的な論点であることも特筆すべき点だと思う。
 
よく、②を解く際に、①で用いた評価項目だったり、必須スキルの中から自分の強みを見つけようとする人がいて。
それはそれでひとつのアプローチではあるのだけど、どこまで行ってもそれは①の範疇から出ることができず、
結果として(程度の差こそあれ)代替可能な存在にならざるを得ない(もちろんそれで十分なのかもしれないが)。
先述の通り、一定の下地がある人たちにとって、①の能力を身につけることは可能であるから。
 
まず、その人にしかない特性、他の人がどれだけ努力しても獲得することが難しい資質は何か、が②のサブ論点一つ目で。
その解は①の項目の中にはないし、もっと言うとまだ言語化具体化されていない概念である可能性もある。
なんとかそれを特定できたとしても、それを用いてどのように付加価値が出せるのか、というもう一つのサブ論点を解かなければいけない。
そしてこのサブ論点は、時と場合によって大きくその解が変わってしまうので、走りながら考え続けなければならない。
 
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正直、僕にできるのは、①の話と、②の一つ目のサブ論点の解のヒントを出すことくらい。
もう少し一緒に働いていたり、同じプロジェクトにいれば、②の二つ目のサブ論点の解も話せるかもしれないけど、自信はない…
それでも、初めましての人と、こういう話ができること、プロフェッショナルとして対峙できること、
すぐに解を得ることができなかったとしても、それ自体がとても悦ばしいことだと思う。
 
ちなみに、
話したこともない人から、そうした深遠な問いを投げかけてもらえること、
その深遠な問いについて整理し、一緒に考えられること、
その人ならではの特性、資質に関するヒントを、短い会話の中から導けること、
そうした一連のプロセスの中に、僕にとっての②の解があるような気がしている。
 
でも、まだ僕も、「僕がどうやってこの会社で生きていくべきか」知らない。