FYI ~ アラサー港区おじさんの独白

某会社で働いています。論理性が重視される職場ではありますが、ここでは感情や直感を大切に、お話をしています。

共犯

できるだけ、正しく生きていけたらいいんだけど、
どうしても間違えないと生きていけない人たちがいて。

 

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 僕がまだ13歳だった頃、いつも僕に意地悪をする宮村くんというクラスメイトがいて。
彼はとかく何かを破壊することが好きな人で、いつも僕の教科書や、筆記用具や、美術の時間に作った陶芸品をめちゃめちゃにしてて。おかげで授業の時に教材がない、なんていうのもよくあることで。中学校の時、そんな感じだったから、例えば歴史や国語の教科書の本文はもらったその日に全部暗記していたし、英語はリスニング音声を家で死ぬほど聞いて全部暗記してた。教科書のコピーを何部も刷るお金なんてどこにもなかったから。おかげで僕は、だいぶ成績のいい子どもだった。

 上井くん、というクラスメイトもいて。彼は元々小学校の時からかなり不安定な人で。すごく数学が得意だったから、勉強についていけない、なんてことはないのだけど、あまり人と関わるのが上手な方ではなくて、それで、中学校2年生の夏休み明けくらいから学校に来なくなってしまって。僕は、上井くんと特に親しくしていたわけではなかったのだけど、いつ宮村くんに破られるかわからない自分の板書とあわせて、彼の分の授業ノートもまとめていて。

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 ある、風がとても冷たかった日の放課後、僕が上井くんのノートをまとめる作業をしていた時、午後の授業をサボってどこかに消えていた宮村くんが突然教室に現れて、いつものように僕にヘッドロックをかけたり、僕の使っていた下敷きに落書きをして楽しんだ後、机の上で僕がまとめていたノートを見て、
 「これ、上井の分やろ?」
 「…いつも、先生に頼んで持ってってもらっちょんけん」
 「そうなんや。あいつ、もうしばらく学校来てないけんなあ。」

 僕たちはなんとなく沈黙して、しばらくぼんやりしていたのだけど、だんだんとその沈黙が重荷になって、耐えられなくなってしまった僕は、
 「…、宮村くんも来たり来なかったりやけどね」と言って、すると彼は、
 「お前、もう一回同じこと言ってみ?」
 と言って、また僕を羽交い絞めにして、その後で、僕の筆箱の中身をまき散らしながら「じゃあな」と言って出て行ってしまった。きっと彼も、僕と同じように、居心地の悪い思いをしていたのだと思う。

 宮村くん、上井くんが学校に来てないことも、僕が彼のために板書をとっていたことも知っていたのかもしれない。宮村くんと全然関わりがないと思っていたのに、上井くんのことをきちんと認識していたのかもしれない。僕の机の中はいつもぐちゃぐちゃだったけど、なぜかいつも、上井くんの板書だけは無事だったから。不自然なくらい、無傷だったから。宮村くんは、そういう人だった。

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 結局、上井くんは3年生になっても学校に来なかったし、宮村くんは3年生になっても僕に意地悪をし続けた。漸く宮村くんが僕に酷いことをしていたことが、当時担任で、上井くんの元にノートを届けていた梅本先生にバレて、彼女、目に大粒の涙を浮かべて、職員室で「なんで早く言ってくれなかったの」って。僕はそれがなんだかとても滑稽に思えてしまって、「だって、先生に言っても何も変えられないでしょ」って言ってしまって。結局梅本先生は僕たちの卒業に合わせて、教員という仕事を辞めてしまった。彼女、ファンがいっぱいいたから、僕はいろんな人の反感を買うことになった。

 宮村くんも、上井くんも、そして僕も、少なくともあの中学校の中では逸脱していた存在だったんだと思う。僕は、宮村くんのことも、上井くんのことも、友達だと思ったことは一度もないけど、正しいことができない、よくないとわかっているけど間違えてるっていう謎の仲間意識、共犯者みたいな連帯感があって。梅本先生は、いじめっ子といじめられっ子と、そのいじめられっ子と仲良しの不登校、みたいな解像度でしか僕たちを見ていなかったけど。

 宮村くん、よくタバコを吸ってて。今はもうそのフレーバーは多分あんまり流通していないんだけど、たまにそれに似てるタバコの匂いがする度に、僕は彼と、彼がいつも気にしていた上井くんを思い出す。梅本先生のマスカラを溶かした大粒の涙も。

 多分、宮村くんや上井くんに比べて、僕はだいぶまともなフリが上手になって、今なら梅本先生ともうまくやっていけると思う。思うけど、でも、僕はあの頃から、本質的には何も変わっていない、とも思う。間違いだらけの13歳だった頃から、何も。